学会について


理事長就任あいさつ

 
 理事長 平林 秀裕
一般社団法人 日本定位・機能神経外科学会
理事長  平林 秀裕
手術倍増計画。
定位・機能神経外科学会を発展させるための目標です。


 「定位・機能神経外科」とは、定位脳手術という手術方法の名称と機能神経外科という脳・神経機能を再建させる脳神経外科の一領域を合成した呼称です。定位脳手術の起源は、1908年にSir Victor Horsleyが、小脳室頂核に正確にlesionを作成するための装置をRobert Henry Clarkeに依頼し作成したことに始まります。その後ナチスの迫害を逃れた実験神経学者のSpiegelと脳神経外科医のWycisが、脳アトラスを作成し、Dandyが開発した気脳造影とHorsley-Clarke型定位脳手術装置を組み合わせ、脳内のランドマークによる定位脳手術を考案し、1947年にハンチントン舞踏病の患者に対して、人類最初の定位脳手術が行われました。当初定位脳手術は、精神外科のために開発され、すぐに痛みの治療である中脳切開術、不随意運動疾患治療の淡蒼球手術、てんかんにも応用され、多くの脳神経外科医がそれぞれの工夫によって発展させ、日本でも1952 年に精神科出身で神経学教授の楢林博太郎先生が、わが国における最初の定位脳手術を行いました。1961年 にはInternational Society for Research in Stereoencephalotomy が、日本では1963年本学会の前身である日本定位脳手術研究会(初代会長:荒木千里教授、京都大学)が発足しました。その後定位脳手術は、精神疾患、不随意運動、痛み、てんかんなど脳機能の調節・制御を目的とした手術として普及し、定位脳手術(Stereotactic Neurosurgery)と機能神経外科(Functional Neurosurgery)が一つの組み合わせとして意識されるようになり、1973年World Society for Stereotactic and Functional Neurosurgery (WSSFN)が設立されました。日本では、「定位脳手術」に対するこだわりからか、漸く1998年に日本定位・機能神経外科学会(高倉公朋教授、東京女子医科大学)になりました。因みに当学会の技術認定医制度では、「フレームを用いた機能外科手術のみ」を対象としてますが、時代の変遷を想うと、より広い領域を含めた技術認定・専門医認定を考える時代になっていると思います。
 定位脳手術の歴史を振り返ると、黎明期ではまず淡蒼球手術が行われ、1955年Hasslerらが、振戦に著効を示す視床破砕術を発表すると手術の主流は視床手術となりました。1960年代にレボドパが普及し、もはや定位脳手術は不要とされたこともありましたが、レボドパの長期服用で生じるオンオフ現象や薬剤誘発性ジスキネジアが問題となりました。その時レクセルの弟子のライチネンが、師匠の手術記録を丹念に調べたところ後腹側淡蒼球凝固手術がジスキンジアに著効することを報告し(1983年)、定位脳手術は復活しました。余談ですが、私も、この当時、教室の榊教授から「定位脳手術を勉強してくるように」と命ぜられ、ライチネン先生の弟子であるハリツ先生のもとに留学しました。さらにCT、MRI等の画像技術の進歩、電子技術の進歩などもあって、1987年グルノーブル大学のBenabid教授が脳深部刺激療法(DBS)を発明しました。それまでの高周波凝固による破砕術とは異なり、刺激条件を調節することで臨床効果をかえることができ、時流のless invasive surgeryということで凝固手術にとって替わり、ゴールドスタンダードとなりました。特に視床下核刺激手術は、パーキンソン病の運動症状を劇的に改善し、瞬く間に世界中に広がり、多くのパーキンソン病患者を救いました。この功績で、次世代の牽引役を果たしうる新たな知見をもたらした個人またはグループに授与される本田賞を2021年にBenabid教授は受賞されました。DBSは、その後もディレクショナルリード、LFPをフィードバックして刺激強度を調節する刺激装置へと進化を続けています。ところが、最近、開頭をしない凝固手術ということで、集束超音波(MRgFUS)による振戦やパーキンソン病の治療が激増しています。超音波は、1880年にCurieが発明し、軍用にも使用されましたが、医学への応用も試みられ、1950年には、後にガンマナイフを発明したレクセルにより精神疾患に対する集束超音波治療がおこなわれました。残念ながら凝固巣のコントロールが困難なために当時は普及しませんでした。その後科学が進歩し、リアルタイムに凝固部位、温度をモニターできるようになり、集束超音波装置は、劇的な進化をとげました。2011年にEllisらが本態性振戦における有用性を報告以後、今や本態性振戦の外科治療の第一選択になりつつあります。さらに集束超音波の定位的照射とマイクロバブルの組み合わせで、血液脳関門を可逆的に開くことも可能となり、アルツハイマー病、パーキンソン病、脳腫瘍などへの応用が試みられ、これまで不可能とされてきた神経系疾患治療のブレークスルーとなりえるものと期待されています。かくして定位脳手術は、フレームレスどころか開頭すら必要がない治療へと進化しています。
 さてこの定位脳手術の歴史おいて、いくつか興味深いことがあります。
 例えば手術ターゲットの温故知新。SpigelのcampotomyがMRgFUSで行われたりしています。先人の業績に畏敬の念を持ち、歴史から学ぶことは大切です。学会では、平 孝臣前理事長の発案で、資料保存委員会を創設しました。
 二点目は、この領域の発展には、常に神経内科医や神経生理学者という相棒がいたという点です。神経疾患の理解に生理学や生化学の知識は不可欠で、1961年パリ大学神経生理学者 Albe-Fessard が開発した脳の微小電位記録は、治療だけでなく、ヒトの脳機能の研究に多大な貢献を果たしました。実際DBSを行うには、神経ネットワークを理解できていないとできません。またほとんどの対象疾患では、まず内科的治療が行われてから外科治療という過程を辿るので、脳神経内科との連携はかかせません。そこで広報委員会に脳神経内科の先生に参加してもらうことにしました。
 三点目は、精神外科の問題です。そもそも定位脳手術は、精神疾患への応用から始まった手術で、諸外国では強迫神経症(OCD)等に対して手術が行われていますが、本邦では行われていません。精神外科が、一定の効果が期待されるのに国内で行われないのは、モニスが考案し、ノーベル賞をも受賞したロボトミー(前頭葉白質切截術)が乱用されたことにあります。例えば1972年に、カリフォルニアの刑務所で、受刑者に精神外科手術が行われ、それが治療目的よりも社会防衛目的とみなされて強い批判を浴びる結果になり、日本では日本精神神経学会が1975年の学会で、〈精神外科否定決議〉を採択して以来、精神外科はタブーになってしまいました。もっともその決議は、手術を受けた患者の予後追跡調査なしに行われたため、医学面での検証が不十分だったとされています(ヤ島 次郎著 精神を切る手術―脳に分け入る科学の歴史より)。 精神外科に関しては、2008年「脳切截術」の診療報酬収載に関する質問として国会でも審議されています(「脳切截術」の診療報酬収載に関する質問主意書)。この中で脳切截術=「ロボトミー」ではないとしていますが、厚生労働省としては、ICD-10第五章に掲げる精神及び行動の障害を有する患者に対して、切截術、機能的定位脳手術又は脳刺激装置埋込術が行われることを想定していないとしています。精神外科、即ちロボトミーではなく、OCDのように一定の効果が得られる疾患があることは確かであり、学会としても、倫理的な配慮をした上で精神外科の実施について検討するために、外部有識者、精神科医師を含めた「精神疾患に対する機能神経外科治療の検討委員会」を立ち上げて取り組んでいます。
 また、最近では脳情報を利用することで、脳と機械を直接つなぐ技術brain-machine interface(BMI)研究開発もされています。BMIは、脳表面電極により正確な脳波を計測し、これを精緻に信号解読して運動・コミュニケーションを支援する高性能の体内埋込型装置を開発し、これを用いてロボットアームや歩行用アシスト等と連動させて機能代替・補助することで自立支援や精神・神経疾患の克服をめざす医療技術です。当学会でも大阪大学を中心に取り組まれています。また京都大学では、パーキンソン病に対するiPS細胞の移植手術が開始されています。磁気刺激は、痛みやパーキンソン病に適応されてきましたが、最近ではうつ病や記憶増強に応用されたりしています。
 そのほか難治性疼痛に対する脊髄電気刺激療法、痙縮に対するバクロフェン髄注療法など患者さんを幸福にする医療技術・治療が多数ありますが、時にはヒトの精神にも立ち入るので倫理的な配慮が重要です。そこで学会として、社会に貢献、発信するにあたり、社会的信用を得るために2018年に任意団体から非営利法人である一般社団法人化(初代理事長 加藤天美教授 近畿大学)しました。
 これまで定位・機能神経外科領域の発展に日本は多大な貢献をしてきました。本領域の発展に貢献した医師に贈られるSpiegel-Wycis Awardは、これまで22人が受賞していますが、日本定位脳手術の父である楢林博太郎先生(1989年、順天堂大学)、視床の生理学の大江千尋先生(2001年、群馬大学)、難治性疼痛に対する大脳皮質運動領野刺激療法の坪川孝志先生(2009年、日本大学)が受賞されています。また痛みの治療として、1967年Shealyらが、Melzackらのゲート・コントロール理論に基づく脊髄電気刺激療法を発表し世界に広めましたが、本邦でも1971年に下地恒毅先生(新潟大学)らが、持続硬膜外ブロックの手技を応用し、硬膜外から脊髄を通電刺激する「脊髄硬膜外通電法」を開発するなど世界の定位・機能神経外科をリードしてきました。残念ながら近年では、精神外科以外にも「モルヒネの持続注入ポンプ」、「集束超音波による脳血液関門の可逆的開放」など、世界の潮流から取り残されている領域もあり、早急に追いつく努力をする必要があります。
 一方、パーキンソン病に対するiPS細胞移植術、世界で最初に商用供与が始まったフィードバック機能を備えた刺激装置によるDBS、BMI、急増する集束超音波治療施設からの臨床報告など日本から世界へ発信できる医療・研究も多数あります。
 既述のごとく我々自身は、患者さんのQOLを改善する多種多様な医療技術をもっていると自負していますが、残念ながら、それ等を必要とする患者さんや剰え同業の医師にさえ理解されているとは言えない状況があります。つい最近でも脳神経内科の先生に、「振戦」、「書痙」が手術で治るとは知らなかったとか、「痙縮」はリハビリテーション科の専権事項で、その他の治療介入の可能性を否定的にとらえる医療関係者がいる有様です。パーキンソン病約16万人、本態性振戦200〜300万人の患者さんがいるのに手術件数はそれぞれ年間600例、120例にとどまっています。ところが「MRgFUSで切らずにふるえが止まる」ということが周知されると忽ち年間300例以上の手術が行われることをみれば、如何に「患者さんをその気にさせる」ことが大切かということを痛感させられます。ホームページのリニュアールも大事ですが、なによりも我々学会員が、伝道師のように定位・機能神経外科の素晴らしさの普及、啓蒙活動に努力することが必要です。
 学会の発展には、志をもった若い先生の力は欠かせません。平 孝臣前理事長のご発案で、若手医師・研究者を応援するための奨励賞を新たに創設しました。また若者は、流行に敏感です、血管内手術の隆盛をみれば、多くの患者さんが 直達手術よりも切らない血管内手術を選択すると、多くの若い先生が血管内手術へと傾れ込みました。手術件数が増えるとより多くの医師が集まり、企業もこぞって新製品の開発をして技術はさらに進化するという好循環を創造しました。一般社団法人日本定位・機能神経外科学会は、それを必要とする患者さんのために、人材育成、啓蒙活動、多施設共同研究、他学会や企業との連携、行政に対するロビー活動等を通して社会に貢献しなければなりません。その核心は、なんといっても「患者さんを手術で良くする」ことであり、他の患者さんが「私もしてほしい」と思わせるような質の高い医療を提供することに尽きます。結果として手術件数が増え、医師や技術者が集まり、企業も投資をするところとなり、学会全体が活性化されるのです。だからこそ我々は、「手術倍増」となるように日々精進しなければならないのです。

2022年3月吉日




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